lundi, novembre 07, 2005

tractatus.10


『論理形式について』『哲学的考察』をもとにした考察
数:「きっかり」=「他はならなかった」:複合的っていうからには、…はならなかった、…はならなかった、…はならなかった…と無限に続く分析をするのかよ。というか、…は存在していない対象だから、名はつかないよ。だから「他はならなかった」という句は成立し得ない。

・ある要素命題から、他の要素命題が帰結することはない。(帰結するときは、要素命題ではない)
・命題相互の論理的関係は、論理語の働きによるもの。論理語を持たない要素命題が論理的関係にたつことはあり得ない。
・ある要素命題の真偽は、他の要素命題の真偽に対して、論理的に何の影響も与えない。
 

そんなことないよ。論理語持たなくてもね。「これは青い」は「これは青くない」を含意する。
このような、論理語の働きによらない論理的関係を彼は、後に「文法」と呼びます。
(上のヤツは、『論考』に存在するドグマだといえる)

でも別にそれだけで、それは、『論考』を崩壊させはしない。(論理空間のありかた、無内容な表現が、増える、まあそれだけよ。)
要素命題の考え方、保持。論理語に関する考え方、保持。世界のあり方を記述した命題が像という性格を持つという考え方、保持。
です。

1 commentaire:

pppppeeeee a dit…

『論考』と、『探究』のあいだの差は、いわれてるよりすくない。し、『論考』後にL・W自身がたどった道だけが唯一の道ではない。